手術教科書のコンセプト

正直、驚きました。
これだけの反響があるとは思いませんでした。
「ウェブで世の中の役に立つことをしよう」と提案すると反応があるというのは嬉しいことです。
とても勇気づけられます。まさに梅田望夫氏が著書で書いていることを、目の当たりにしている感覚です。

私自身、これで偉くなろうとか金儲けしようとかまったく考えていません。
目的は一つに、若い外科医のため、また手術を受ける患者さんのため、があります。
そしてもう一つが、こんなのあったら楽しい、です。
不謹慎に聞こえるかも知れませんが、手術とは本質的に楽しいものです。
それは「おかしい」というようなものではなく、達成感とか“やりがい”からくる楽しさです。
手術は大変だけれどもうまくいくと嬉しいものです。
患者さんの役に立ったという間接的な喜び以上に、自らの気持ちの高揚感が直接きます。うまくいかなかったときの後味の悪さは最悪です。
だからこそ、いい手術をするための情報があれば見たいし、そういうシステムを作ることは楽しいだろうと思います。
現在は、そういう情報の提供は外科学会のような医学系の学会により行われています。
学術集会では、いろいろな発表がありますが、やはり手術の技術向上につながるような演題には人が多く集まります。多くの外科医は、いい技術を得ようと考えています。
いい技術をもった外科医は、そういう場で発表をして偉くなっていきます。
しかし、偉くなくても、いい技術を持った人はいるもので、そういう技術を集めて、外科手術の「高速道路」を作るというのが私の持っているイメージです。

今回、多くの方からいただいたご意見をもとに私が考えているシステムのコンセプトをまとめてみました。

1.権利関係の処理
学術的な権利の問題は考える必要があるかもしれません。質の高い治療法は学術的価値があります。これは早く論文にした人に権利が与えられます。同じ治療法を最初に論文にした人と、最初にウェブで公開した人が違ったりするともめる可能性はあります。ずるい外科医はウェブで得たことを論文にして名声を得ようとするでしょう。しかし、もしそのようなことを平然とすれば、若い外科医からどのような反応が返ってくるかは、みなさんのご想像の通りです。自然と、マナーができてくると思います。
2.政治力学
古い世界で権威をもったエスタブリッシュメントたちは、新しい価値(ウェブの叡智)を恐れるかも知れません。これまで学会のお墨付きを得て権威づけされていたもの以外に得体の知れないものが出てくるわけですから。もちろん学会の判断には重要な意味があります。単に新規性とか学術的価値だけを判断しているわけではなく、法的、倫理的問題や、医療経済、安全性、社会的影響なども考えて権威を付与しているのです。実際、学会の重鎮の先生方は見識の深い人たちの集まりで、かなり深いところまでよく考えていると思います。したがって、ウェブの情報がリアルのシステムに取って代わるという事態はあり得ないでしょう。私が提供したいと考えているのは、ウェブの叡智という付加価値のある手術映像であり、教科書というよりは参考書的な性格のものなのかも知れません。
3.体を張って1つのプラットフォームの自由を守ろうとする人物
これは大事でしょう。私にそれが務まるかどうかわかりませんが、梅田氏の言葉を借りれば、「やめることを先に決める」しかないのでしょう。私自身、古い世界でいろいろなことにコミットメントされているわけです。それを切るのは勇気のいることでしょう。しかし、信じられる仲間がいればできそうな気もします。それだけのオプティミズムを「ウェブ時代をゆく」から学んだと思います。
4.オープンソースSNSは?
YouTubemixiなど既存のサイトを利用することもいいかも知れませんが、私は、投稿と評価は外科医に限るべきだと思っています。見るのは誰でもいいのですが、そこにはこだわりたいと考えています。ユーザー登録の際に、医師免許や外科学会会員であることの確認を行うべきだと思います。もちろん、既存の権威とは切り離したいので、ユーザーIDは匿名にしたいですね。現在あるサイトでは、ソニーグループのm3がプラットフォームの形態として理想形に近いです。ここでは医師限定の掲示板でさかんに書き込みがあり、ratingのようなしくみもあります。ただし製薬メーカーの広告でなりたっていて、ちょっと商売っ気が強いですね。
5.初めは小さくはじめるのがいい
これは、強く同意します。具体的な戦略としては最初は一つの手術から始めます。これが成功すれば、当然、他の手術もやってくれという話になりますから。だから、最初の手術では、いわゆるスタープレーヤーの手術を掲載して、注目を集めるような仕組みが大事だと思います。ちょっと専門的になりますが、LADGという手術が一番いいと考えています。なぜなら、多くの消化器外科医にとって興味のある術式で、また、この領域であればリアルの世界に結束の固い若手のつながりがあり、これが呼び水になるからです。これで始めてみて洗練したシステム作りを目指すべきと考えています。LADGを10ぐらいのパーツ(6番の郭清、HDSによるB-I吻合法、といった具合に)に分けて、それぞれに自身のある外科医が動画(恐らく5〜10分)を投稿する。おそらく一つの話題に投稿数は3〜10程度、評価者はまずは50人ぐらいでしょうか。
6.誰が動画をアップロードするのか?
これは外科医自らがやることになります。ハードルはとても低いです。外科医は自分の手術の映像を保存しています。DVDかminiDVの形で持っていますが、そこから一部を切り出して、mpegに圧縮してPowerPointに張り付けて発表するということを日常的にやっているからです。
7.動画をアップロードすることを病院側は許すのか?
病院は動画の管理をしていません。診療録は病院により管理されていますが、私の認識では、手術の動画は診療録として扱われていないようです。現実的にほとんどの病院ではビデオの管理は、医師個人で行われています。また手術の映像を残すかどうかも、現在は執刀医の裁量です。
8.自分の手術を公開される患者の感情は?
これは大事な問題です。一般に手術の映像には患者個人を識別する情報は含まれていません。したがって、ウェブで動画が公開されても、これが誰某のおなかの中だ、ということにはならないでしょう。またおなかの中が公開されて何らかの被害が発生するというケースも稀でありましょう。特に手術全体であればまだしも、数分間のパーツであれば問題ないように思います。ただし患者さんの自己決定権というのは留保されるべきで、現在では、入院時に包括的同意(「あなたの病気に関する情報は、匿名化した上で医学研究などに用いることがあります」のようなことを文書で示し同意をえること)が行われるようになってきています。患者さん個人の権利と公益性とのバランスは、判断が難しい場合もありますが、患者さんの権利保護に関して注意を払うことは重要です。
9.動画の権利(著作権)は?
最終的には個別的に司法が判断することだと思いますが、個人的にはウェブで誰もが見られる状態にすれば強く著作権を主張できないようには思いますが。ちなみに特許については、治療法は特許が取れないということになっているようです。
さいごに
悲観的な見方、否定的な意見も含めて、具体化する上ではおおきなsuggestionとなります。いろいろなご意見をいただきたいと思います。しかし、ネガティブな意見の何倍ものオプティミスティックな発言があることが、私の心の支えになります。みなさん、本当にありがとうございます。